大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所社支部 昭和35年(モ)17号 判決 1960年7月12日

申請人(債権者) 電機労連北条地区合同労働組合

被申請人(債務者) 株式会社 小畑鉄工所 外一名

主文

当裁判所が申請人(債権者)被申請人(債務者)等間の昭和三十五年(ヨ)第十一号仮処分命令申請事件につき昭和三十五年三月一日為した仮処分決定はこれを取消す。

申請人(債権者)の本件仮処分の申請はこれを却下する。

訴訟費用は申請人(債権者)の負担とする。

事実

申請人代理人は「当裁判所が申請人、被申請人間の昭和三十五年(ヨ)第十一号仮処分申請事件につき昭和三十五年三月一日為した仮処分決定はこれを認可する」との判決を求め、その理由として被申請会社は昭和三十五年一月二十九日株主総会において解散決議を為したが該決議は次の経緯によつて為された。

(イ)  申請人(組合)は昭和三十三年十二月五日に結成されたが同月二日、内密に組合結成運動が進められていたことが会社側に知れて、朝会の席上、社長(申請外小畑稔)は従業員達に対して「君等が組合を結成するのなら直ちに工場を閉める」と言明した。

(ロ)  同年十二月八日午後十一時頃より翌日の五時頃迄被申請会社側の小林、玉田、若宮、浅野、田中春治、田中忠明、河合義博、岩井、小田、山田、柏木の十一名が五組に分れて第二組合結成を名として各組合員宅を戸別訪問をして組合の切崩しに努力した。

(ハ)  昭和三十四年四月五日春季賃上闘争団体交渉の席上、右社長は「これで気に入らんならば工場を閉める」と云い、又同年六月二十四日夏期一時金要求第一回団体交渉の際始つて三分もせぬ内右社長は「これで気に入らんのなら他へ行つてくれ、わしもこれ以上工場を経営する気はないからビールでも飲んでさよならや、ほたるの光でも歌つてなあ」と云つた。

(ニ)  被申請会社の従業員中申請人(組合)に加入しない者約二十名(工場長をも含む)が昭和三十五年一月四・五日の両日、城の崎温泉に会合し何か話し合うところがあつたところ、翌六日の初出勤日には右非組合員達は一寸顔を出したが七日には被申請会社の都合により臨時休業と発表された。

(ホ)  その翌日である同月八日前記社長から非組合員達が「どうも組合の人達と合わないから働きにくい、残念ながら辞職さしてもらいます」と云つて全員辞職願を出して来たので被申請会社は到底経営を継続できないし同社長としても意欲を失つたから会社を解散する、ついては全従業員を解雇すると発表された。

(ヘ)  非組合員の従業員約十二・三名の者はその後右社長の姉婿の、又は同社長の友人の経営する工場で働いていてその人達の間には申請人(組合)を壊滅せしめたら被申請会社の工場経営が再開されるとの言動が為されている。

右の経緯よりして被申請会社株主総会の解散決議は専ら申請人(組合)を抹殺するための偽装された解散決議であり右決議の無効なることは明らかであるが、被申請会社はその無効な解散決議に引き続き右会社の企画する目的を達せんがため清算手続を続行せんとしているのである。よつて申請人(組合)は当裁判所へ会社解散決議等無効確認の訴を提起し、他方右組合員等は別に解雇効力停止並賃銀支払仮処分の申請をしているのであるが、申請人(組合)の組合員等は不当に解雇されていて給料も貰つていないのである。これ等各労働者への権利侵害は申請人(組合)そのものへの権利侵害といわなければならない。即ち各組合員の持つ各種労働者権及び給料請求権は申請人(組合)自体も亦これを有している(この点は市民法的構造とは違つている)から右組合は被申請会社の前記所為によつて組合自体の持つ本件仮処分の被保全権利たる団結権等労働諸権利を侵害されているのである、このまゝ清算手続を進められるに於ては、申請人(組合)の組合員等の別に提起している前記諸事件についても遂にその目的達成の途を失う結果となり(不可能に近い困難に陥る)結局は申請人(組合)の団結権につき償うことのできぬ損害を受けることになるから取りあえず申請人(組合)は本件仮処分の申請によつて、第一段に、右被申請会社の清算手続の停止を求めんとするものである。

尚会社の清算手続は企業財団の解体分配を中心として行われる目的的行為であるからこの目的意識の下に行われない行為は清算手続とは云い得ない、例えば全く財団解体分配とは無関係に行われる財団の保存管理行為及び特に客観的情勢上継続するかも知れないことを配慮して行われる諸行為等であるが、申請人(組合)が本件において求めているところは企業団体の解体分配を目的とする意識の下に為される諸行為のみの停止であるから被申請会社の清算手続は停止しても同会社はなお他に種々の行為を為し得るのであつて、従つて代表清算人の活動範囲も十分残存するのである。ところが被申請人槽谷猪三は被申請会社が不当な解散決議を為し前記会社の不当な意図を実現さすため、即ち申請人(組合)の組合員の有する労働者権に打撃を加えるため、被申請会社の代表清算人に選ばれているものであるから申請人は当裁判所、清算人選任決議無効確認の訴を提起し、且つ、申請人(組合)の受ける侵害を防止するため、右代表清算人の職務執行を一時停止し、同時に公平な代行者選任の仮処分を求める必要が存するのである。依つて右清算手続並に代表清算人の職務執行停止代行者選任の仮処分を仰ぐ為本件仮処分申請に及んだと述べた。(疎明省略)

被申請人両名の代理人は主文同旨の判決を求め申請人主張の事実中当裁判所に本件仮処分事件の本案として会社解散決議並に清算人選任決議無効確認の訴、別に解雇の効力停止並に賃銀支払仮処分事件が係属していることは認めるがその余の事実は全部否認する被申請人等は申請人の申請により昭和三十五年三月一日主文第一項掲記の仮処分申請事件に付「申請人(債権者)より被申請人等(債務者等)に対する当庁昭和三五年(ワ)第二〇号会社解散決議並に清算人選任決議無効確認請求訴訟事件の判決を為すに至るまで、被申請人(債務者)株式会社小畑鉄工所は昭和三五年一月二九日付決議に基いて為す会社清算手続を停止しなければならない。被申請人(債務者)糟谷猪三の被申請人(債務者)株式会社小畑鉄工所の代表清算人としての職務執行を停止する。右職務執行停止期間中神戸市生田区海岸通四丁目一九番地黒田敬之をして代表清算人の職務を執行させる」との仮処分決定を受けた。然しながら

一、申請人(組合)が本件仮処分の本案訴訟として主張する解散決議の無効確認の訴については同組合は当事者適格を欠くものである。

二、本件仮処分は被保全権利自体存在しない。

(1)  被申請会社は昭和三五年一月五日の取締役会の決議により、会社解散の方針を決定し同月七日口頭で同月八日文書を以て従業員全員を解雇し、同年一月二九日の株主総会により会社解散の決議を為したが、右解散及び解雇はすべて、会社経営者等が従業員間の紛争により非組合員等二十余名が退職するに至つたことを動機として事業継続の自信と意欲を失つた事により止むことを得ず為したものであつて何ら瑕疵なく有効であること勿論である。申請人が右解散が専ら組合の抹殺を目的とするものだと主張しその様に見られる事情として挙げるところは全て邪推乃至は虚偽である。

(2)  申請人(組合)は被申請会社の元従業員等の加入する小畑鉄工支部外三支部の加盟する合同労働組合であるが申請人(組合)は被申請会社に対し何等の本案請求権を有しないし延いては本件仮処分の被保全権利が存在しない即ち申請人がこの点に関し主張する給料支払請求権は個々の従業員等の会社に対するものであつて申請人(組合)の有するものではないことは勿論かゝる金銭債権は仮処分の被保全権利たり得ないこと明らかである又、被保全権利が被申請会社の解雇した従業員等の地位であるとすれば、現に前記合同労組小畑鉄工支部に属する個々の右従業員等から別に申請されている地位保全の仮処分を以て必要且つ十分であつて申請人(組合)には何等の被保全権利も存在しないのである。

三、次に本件仮処分申請は又保全の必要なき点に於ても不当であること明白である。即ち給料請求権の如き金銭債権の保全のために仮処分の許される謂れなきは勿論他に何等かの本案請求権ありと仮定してもその保全のため全面的に清算手続を停止する必要はない。解散した会社は清算の目的の範囲内に権利能力を制限されているのであり、清算を停止するということは会社の権利能力全部を制限することに他ならず会社は債権の取立も債務の弁済もその他保存行為等すべての行為等が停止されることになる。被申請会社は現に銀行に対しても数百万円の債務を負担し、しかも既に弁済期を経過しており、被申請会社としては弁済するほかはないが本件仮処分により清算手続を停止せられるときは遂に銀行等の債権者より抵当権を実行され不当な損害を蒙るに至るおそれが濃厚である。仮りに申請人(組合)が「清算の結了」を停止する必要性を主張するのだとすれば残余財産の分配のみを停止すればよいのであつて、清算手続を全面的に停止するというが如きことが許さるべきことではない。又被申請会社の従業員であつた申請人組合小畑支部所属の個々の従業員等は地位保全の仮処分命令を申請中であり申請人組合自体が仮りに何等かの本案請求権を有するとしても、個々の組合員に右のような権利保全の途が開けて居れば必要にして十分であつて申請人組合自体に本件の如き仮処分を許すべき必要性は存在しないと述べた。(疎明省略)

理由

当裁判所に本件仮処分事件の本案として会社解散決議並に清算人選任決議無効確認の訴別に解雇の効力停止並に賃銀支払仮処分事件が係属していることは当事者間に争いがない。

本件仮処分申請人の当事者適格について争いがあるのでこれについて審案する。労働組合はその所属組合員と使用者間に成立した個々の労働契約上の権利又は法律関係(例えば賃銀請求権とか解雇の効力の有無)に関する訴訟につき当事者適格を持つかどうか。これは労働事件が仮処分事件として争われるという事態が多いことから仮処分申請人適格の問題として争われることが多い。これについては(一)労働組合が自己自身のために訴訟上紛争を解決する利益ないし必要をもつか否かの課題(確認の利益の有無の問題)と(二)労働組合が確認の利益を持つか否かとは別に組合員のため自己の名に於ては訴を追行する権能ないし資格を一定の法規に基き又は組合員の授権に基き附与し得るかどうかの課題(訴訟信託問題)とがあるが本件仮処分申請は申請人(組合)自体の保有する権利保全のため組合自体に保全の利益ないし必要が存するものであると主張するものであることが明瞭であるから前記(二)の課題には触れない。

職権によつて調査するに本件仮処分の本案たる前記会社解散決議及び清算人選任決議無効確認の訴において申請人(本案の原告)の主張するところは申請人労働組合は被申請会社の従業員等を以て組織するものであるが被申請会社は労働組合の存立を嫌悪し、これを弾圧抹殺することを意図して株主総会において被申請会社の解散並に清算人選任決議を為した。もとより会社を解散すること、即ち企業を廃止することが商法に株主総会の自由に委されていることは疑の余地はないが然しそれは他の法領域との関連において考えられなければならないのである。憲法第二十八条は団結権争議権等一連の労働者権を保障するがこれは国家が経済的社会的事実としての労働組合の存在を、もはや否定し去ることが出来なくなり、労働組合に経済的社会的秩序形成の担いてとしての地位を認めたことになるのである。従つて株主総会の会社解散の自由も、このような労働組合の存在とその社会的、経済的機能を予想し前提とする全法秩序の一環として考えなければならない。即ち本来的には自由な会社解散も右の関係においては厳に制約されているものと解すべきであり、意識的に労働組合の社会的経済的機能を否定し、その存在そのものを抹殺することを意図する会社解散決議は現行法秩序の下に於ては憲法第二十八条の趣旨に反ししたがつて民法第九十条の公序良俗に違反する行為であり無効であるというにある。

憲法第二十八条には「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利はこれを保障する」と規定し、これに承応する労働組合法には労働組合は労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体であり(労働組合法第二条)また労働者がその労働条件について交渉するため自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し団結することを擁護することを主たる目的とする(労働組合法第一条)旨の規定はあるが、それは労働組合のもつ組織力ないし組合員への支配力(統制力)は使用者との団体交渉を契機として争議行為ないし労働協約においてのみ発現するに過ぎないものであることを意味し、右の目的から労働組合が組合員の具体的賃銀請求権を行使したり組合員の労働契約自体の消長に直接介入支配する法律上の利益を持つということまでを規定したものではないのである。

証人槽谷猪三の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、証人高橋多恵知郎の証言、申請人代表者本人村田正一本人訊問の結果によれば、被申請会社従業員等は昭和三十三年十二月に小畑鉄工所労働組合を結成したが、同三十四年九月十五日前記組合を解消し、三洋電機の下請であるハリマ線材、野田製作所、旭金属及び被申請会社の四支部を以て結成された申請人合同労働組合に加入したところが、被申請人会社従業員の間には、組合員非組合員の軋轢が甚しく、昭和三十四年夏頃には傷害事件さえ惹起したほどであるが他方被申請会社の営業成績は昭和三十四年度上半期においては一割、下半期においては約二割いずれもその前年度の生産高より低下した。その上、昭和三十四年十二月二十八日から一月五日までの間に於て被申請会社工場で重要な地位にある従業員約二十名(いずれも非組合員)が職場での秩序が保たれないから自己の職責を全うすることができないという理由で退職した。そこに於て同三十五年一月五日被申請会社取締役会は事情止むなしとの考えから遂に被申請会社の解散を決議し更に同年同月二十九日午後三時兵庫県加西郡北条町横尾三三二の一被申請会社社長小畑稔方に於て同会社の臨時株主総会が開催され株主総数九名発行済株式総数一千株のところ委任状による代理人出席三名を含め株主全員出席の上全員一致解散決議の為されたことが認められ、右認定を左右すべき疎明はない。

云うまでもなく会社の解散は会社の法人格の消滅をきたすべき原因たる法律事実であり解散事由中主たるものは株主総会の解散決議による場合であつて解散決議があつたときは会社の一切の法律関係を終了し、その財産をその構成員たる株主に分配する手続即ち清算手続が開始し、該手続の終了によつて法人格の完全な消滅となるものである。而して会社解散の株主総会決議無効確認を求める訴は法令又は定款に違反することを理由として商法第二百五十二条に依拠して許容されるものであるが、それが容認されるには訴訟要件として申請人に無効確認の利益が存在することを要することは勿論である。

労働者と使用者間に解雇の有効無効について争いのあるとき使用者たる会社が消滅した場合右労働者等が、経済的に事実上不利な立場に立つことは容易に想像されるところであるが、元来労使関係の当事者としては使用者は憲法第二十八条を守る義務がある。しかし労使関係の当事者となるかどうか、労働者を使用する企業を営むか否かということは全く個人(会社)に任せられているのである。企業廃止の自由が制限されるということは換言すれば企業の継続が強制されるということであり、個人企業の場合には当然に一種の強制労働という問題が起り会社の場合には財産権に対する干渉が問題になる。

要するに企業廃止の自由は職業選択の自由、経済行為自由の原則と表裏一体をなすものであるのみならず、強制労働禁止とも関係し、現行法秩序の下では最も尊重されなければならないものとされているのである。この場合経営が盛況であつたか不況であつたか等は問題にならないし、盛業中の個人企業が例えば彼の人生観の変化により突如として閉鎖された所で仕方がない。この場合従業員は非常な迷惑を蒙るであろう。この場合に対処するものとしては失業保険と職業紹介等の手段があるに過ぎない。これが申請人の云う現行全法秩序の一環なのである。憲法第二十八条は労使関係の存在する場合にのみ問題となるのであつて労使関係そのものの存続を強制するものはないのである。

従つて使用者たる(株式)会社にとつては会社を解散するか否かと云うこと、即ちその企業を廃止するか否かということは株主の自由に委されているところであつて、労働組合の為に企業を存続せなければならぬという法律上の義務はないのであるから株主が真に会社を解散せしめる意思の下にその旨の決議を為すならばこれによつて会社解散の効力を生じ、たとえそれが組合壊滅を図るためのものであつてもそのために右の解散を無効とすべき理由はない。もしも右の様に解されないと株主総会が真に解散の決議を為したに拘らず会社は労働組合のために企業を存続しなければならぬという拘束を受ける結果となつて会社法の理念並に憲法第二十八条の意図とも矛盾することになるのである。この事は前記本案訴訟においても何等例外たるものではない。要するに同本案訴訟においては前記団結権の性質、会社法上の解散の効力等を併せ考えるとき、申請人(組合)に即時確定の法律上の利益即ち確認の利益が存しないものと為さざるを得ない。従つて本件申請人(組合)は右本案訴訟における当事者適格を欠くことになるのである。

仮の地位を定める仮処分は本案判決に依る権利保護に先ち本案訴訟の当事者の為に係争の権利関係に付仮の地位を定める必要ある場合に為すものであるから仮処分の申請人たるべき者は本案訴訟の当事者たる適格を有する者たることを必要とし、起訴の適格なき者が仮処分を申請することは法律上被保全利益なき仮処分というの外なく到底認容することはできない。

そうすると結局本件仮処分申請人(債権者)は被保全適格を欠くという結論にならざるを得ない。よつて本件仮処分申請は爾余の判断を為すまでもなく理由のないこと明らかであるから本件仮処分の決定を取消し申請人(債権者)の本件仮処分の申請を却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 古川秀雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例